はじめに
心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder: PTSD)は、侵入的再体験、回避、過覚醒、否定的認知と感情の変化を特徴とする、精神疾患です。
トラウマ焦点化精神療法や抗うつ薬を中心とした治療は有効である一方、 十分な改善が得られない症例も少なくありません。
このような治療抵抗例に対して、近年、ケタミン療法が新たな選択肢として注目されてきました。
単回投与による迅速な症状改善
PTSDに対するケタミン療法の有効性を初めて明確に示したのが、2014年のFeder らによる無作為化比較試験です。
この研究では、慢性PTSD患者に対して単回の静脈内ケタミン投与を行い、プラセボと比較して、投与後24時間以内にPTSD症状全体が有意に改善 することが示されました。
特に注目すべき点は、侵入症状や過覚醒症状といった、患者の苦痛に直結する症状が速やかに軽減したことです。
この研究により、ケタミンがPTSDの症状に対して迅速かつ臨床的に意味のある効果を持つ 可能性が示されました。しかし、症状改善効果は数日で消失する傾向にありました。
効果の持続と反復投与の意義
その後、2021年の同Federらの研究により、反復投与によって効果がより持続する可能性 が示されています。
この研究では、2週間にわたり複数回のケタミン投与を行うことで、PTSD症状の改善が単回投与よりも長く維持され、最終投与より約1ヶ月程度も持続することが報告されました。
精神療法との親和性
PTSDに対するケタミン療法が注目される理由の一つは、精神療法との高い親和性 です。
症状が一時的に軽減することで、患者がトラウマ体験をより安全に想起・言語化できる余地が生まれ、精神療法への取り組みやすさが高まる可能性があります。
この観点から、ケタミン療法は単独治療というよりも、精神療法を補強する治療 として大きな意義を持つと考えられます。
現時点での臨床的位置づけ
現時点では、ケタミン療法はPTSDの第一選択治療ではありません。
しかし、従来の治療で十分な改善が得られない慢性PTSDにおいて、科学的根拠に基づく補助的治療選択肢 として検討する価値は十分にあります。
特に、
- 慢性化したPTSD
- 精神療法や薬物療法への反応が乏しい症例
- 短期的な症状軽減が治療進行に重要な場合
において、ケタミン療法は現実的な選択肢となり得ます。
参考文献
- Feder A., Parides M. K., Murrough J. W., Perez A. M., Morgan J. E., Saxena S., et al. Efficacy of intravenous ketamine for treatment of chronic posttraumatic stress disorder: a randomized clinical trial. JAMA Psychiatry. 71(6). 2014.
- Rasmussen K. G. Ketamine for posttraumatic stress disorder. JAMA Psychiatry. 72(1). 2015.
- Feder A., Costi S., Rutter S. B., Collins A. B., Govindarajulu U., Jha M. K., et al. A Randomized Controlled Trial of Repeated Ketamine Administration for Chronic Posttraumatic Stress Disorder. American Journal of Psychiatry. 178(2). 2021.